言わずと知れた日本の伝統芸能、落語。
大衆芸能と言われているものの、残念ながら実際に見に行く機会はなかなかないように思います。
私は高校の芸術鑑賞会的なもので一度だけ見たことがあるのですが……古くから伝わるこの大衆芸能が“芸術鑑賞会”になってしまうのは少し寂しい気もします…。
そんな落語を題材とした作品で、ずーっと気になっていたものがあったので、ネット注文が人気の今、私も波に乗って注文しました!
そしてそれが…ついに届きました!!!わーいわーい!
剛しいら先生 『座布団』 白泉出版 になります!!
とんでもなく面白かった!!山田さん、座布団いちまーい!!と思わず叫びたくなりました。
そして定評のある剛しいら先生の筆力にも納得です…
確かにボーイズがラブしてるからボーイズラブなんでしょうけど、それ以上のものがありましたね…。not only bl but also~ です。
これは落語という芸に生き落語と心中した男と、落語という芸に生き落語の笑いと共に生きる男の壮絶な人間ドラマでした…!!
もはや文学ですね。bl好きさんだけでなく色んな人に読んでいただきたい。
そしてもっと早くこの作品と出会いたかったな…と思うばかりです…。
あらすじ
師匠・山九亭初助の死を知らされた森野要こと山九亭感謝。その胸の内に、一枚の座布団の上で常に話芸の極みを目指し別世界を繰り広げ続けた誇り高い落語家への想いが去来する…。噺家は一生涯の全てを自分の芸の肥やしにするものだと、学ばせてくれたのも師匠だった。たとえそれが情愛でも、別れでも…。 (引用:出版社)
さらに詳しいあらすじ&おすすめポイント!
ちょっと詳しいあらすじ
今でこそテレビでもよく見かける人気噺家、山九亭感謝こと森野要。この物語の主人公である要は落語の道に入る前、大手自動車販売会社で営業マンをしていました。
特に仕事や上司に嫌気がさしていたわけでもありません。でも外回りのふりをして会社を出た先で、ふらっと立ち寄った寄席で……彼の人生は180度変わることになったのです。
この日高座に上がったのは山九亭初助という男でした。落語家らしからぬ(←ひどい)端正で穏やかな顔立ちと品の良さ。そして彼の演じる女には40そこらの男をみじんも感じさせないような色っぽさがあったのです。
若かった要は一気に落語の世界にのめりこみました。たった1枚の座布団の上で、一人の人間がイカツイ男にも妖艶な女にも、老人にも子供にも化ける、その面白さに。
要は迷わず落語の道に進もうと思い立ちました。もちろん弟子入り先は一番最初に魅かれた初助のもとにです。
そしてまっすぐに自分を愛してくれた年下でありながら兄弟子にあたる寒也との出会い。愛でさえも情でさえも人生経験をすべて噺に活かす初助師匠の生きざま…。
初助の女の演技を目指し、そして自分の落語を見つける要の成長。
落語と生きることを決めた男たちの物語です!!
三人称で語られるすごさ
物語は山九亭感謝(森野要)へある一報が届いたことから始まります。それは落語家であり要の師匠であった、山九亭初助の死を知らせるものでした。
そこから回想する形で物語は進んでいくのですが……
終始三人称で語られていきます。もちろん主人公は要なので彼の心情に趣が置かれています。でも終始三人称です。
私は文学に精通しているわけでもない素人腐女子。どの口が言うとんねんって感じですが……三人称で語るのはとても難しいんじゃないかなぁって思ったりもします。
三人称で語るメリットは様々な登場人物目線に切り替えることができる、様々な人の心情を語ることができることでしょう。
そしてこの三人称の難しいところは、
①登場人物の心情を語りすぎてしまうと不自然になってしまう。あなたは本人(登場人物)じゃないでしょう?エスパーなの?となってしまうことだと思います。かと言って
②人物に踏み込まなすぎると作品が薄っぺらい印象になってしまう恐れもあるのではないかなぁと思います。
でも剛しいら先生は主観的すぎず、俯瞰しすぎずのこの絶妙な線、登場人物に踏み込めるギリギリのラインを攻めていると感じました。
いやぁ~あっぱれです。一人称じゃないから感情移入とは違うんです。ですが感情を感じ取ることができる。すごいです。
三人称で語られる作品は本全体で見ればたくさんありますが、私が今まで読んだblレーベルで出版された作品には、ここまで徹底された三人称はあんまりなかったかな、と感じました。といってもbl読み始めてからまだそんなにたっていないのですが…(汗)でも圧倒的筆力です。また男性同士の性描写もありますが比較的ライト?に感じました。(←複数回描写はあります。物語を語るうえで必要不可欠で、エロエロ感はないってことです)一般文芸のbl要素がある作品に近い感じです。
ところで私、blにハマってから空気になりたかったんです。まぁ壁でも床でもそこらへんのホコリでもなんでもいいんですけど……二人の世界を妨害することはなく、近くにいてそっと見守ることができる彼らにとって無害な物体になりたかったんです。この作品では、それになることができました。終始ホコリで…いやそんなもんじゃない。透明人間?いや彼らを知り尽くし天から見守る神になれました。(←??)
bl初心者さんや、内容の面白さももちろんですが作者さんの筆力も重視でblを読みたい方、そしてストーリーが最高なのでblをあまり読んだことのない方…いろんな方に読んでいただきたいです(´;ω;`)ウッ…
落語の“笑い“とともに生きる要と、まっすぐな寒也。
今の名を山九亭感謝という要。彼の話し方はテンポが良く面白く、修業中の身から落語の才能を感じさせる片鱗がありました。
今でこそ有名な噺家ですが、彼がここまでになるまでには自分の理想の方法で笑いがとれない悔しさ、どうすれば自分の経験を寄席に活かせるのか……など色々な悩みと闘ってきました。
実は要は終始初助の女の演技を目指していたのでした。でも師匠の女は超えることができません。
要の演技を詳しく描いた描写はほとんどありませんが、今現在の喋り口調や弟子の扱い方、若い頃に行った宴会での出し物。それらをひっくるめると同じ女でも艶っぽいというよりも真っ直ぐで面白い。という印象を受けました。おそらくこれが長年かけて要がたどり着いた「自分の落語」なのでしょう。
ではなぜ師匠とは異なるこのような落語が確立されたのか。生まれ持ったモノの違いもあるかもしれませんが、寒也の存在が大きいのではないでしょうか。
この寒也というのは要より年下で兄弟子にあたる若者です。要のようなかわいい男が好みの寒也は要に一目ぼれしていて、後に要の(おそらく)一生のパートナーとなるのですが……
この男が真っ直ぐなんですよね…まぁ若い男に弱いところは置いておいて…(笑)
彼はとてもいい人なのですが落語の才能は残念ながらいまひとつ。落語とは無縁の世界で生きてきた弟弟子の要の方が才能があったのです。そして恋愛面では自分が年下であることに引け目?を感じています。
でもいつも自分のことよりも要のことを考える寒也。その愛はまっすぐで大きすぎて、時に死を彷彿とさせる悲しい結末を引き起こしそうにもなります…(;^_^A
でもそれを要と寒也の二人で乗り越え、生きていく。
要は寒也に愛されているから、そして寒也ただ一人を愛しているから。そして落語を本当に愛しているから。これらが要の今の噺のスタイルに現れているのではないでしょうか。
要の噺を聞いてみたいものです(*^。^*)
芸に生き、落語と心中した初助。その生き様。
初っぱなから亡くなっていて思い出の中だけの人物、初助。この物語の主人公は要で相方は寒也です。なのであくまでわき役なんでしょうけれども……
二人の師匠である初助がぁ、まぁ印象的で…ただ者じゃないオーラ放ってます(笑)
確かに初助はただ者じゃありません。
有名企業に芸能関係者、やくざの組長…など様々な業界におだん(←落語家を援助してくれる旦那衆のこと)もいる有名な噺家さんです。
しかも彼の演じる女は、彼の右に出るものはいないというくらい。
当人は40そこらの中年男のはずなのに、彼の演じる女はもの悲しい、30そこらの艶っぽい女なのです。
初助は男と肌を重ねるのが好きです。でも彼は一人の男に縛られるのは嫌いでした。年齢にそぐわない初助の妖艶な魅力に男たちは虜になるのですが、初助はその男たちが自分に本気になったと分かったとたんに彼らを突き放していたのでした。
かといって超冷酷無慈悲な男というわけではありません。厳しいながらも弟子である要のことを想う、とても情に溢れた人間なのです。そして芸を誰よりも愛しています。
この初助の人となりは何がもとでこうなったのか、そしてそれは本意なのか…。また初助が男たちから受けてきた愛が、彼の芸でどのように活かされていたのか…。初助は死んでしまっているので詳細は分かりません。
でも初助は落語という芸に生きた男でした。そして落語を愛するあまり落語と心中したのです。
初助は自分が持つ愛情も、人から受ける愛情も全てひっくるめて、今まで経験してきたことは全て芸の肥やしにして生きてきたのでした。
この初助の生きざまには鳥肌がたちます。
ちなみに続編の『花扇』はこの初助をクローズアップしたお話になっているそうです(^_^)
登場した噺
この『座布団』にはたくさんの落語が登場します。ここでは作中に登場した中から特に印象に残った演目を3つほど紹介します。
『芝浜』
story:魚屋の勝は、腕は良いのだが毎日酒三昧で貧乏暮らし。この日も女房に起こされて嫌々魚市場に向かったところ…海に財布が落ちているのを発見した。拾って中を見てみると目もくらむような大金が!勝は有頂天になり家に帰って酒を飲み、女房に落ちていた財布のことを話した。ところが翌日財布も大金も家からさっぱり消えていた。女房にきいたところ「そんな財布は知らない、あんたが夢でも見ていたんじゃあないのかい?」とのこと。考え直した勝は一念発起。必死になって働くことを決め……
登場シーン:要が初めて見た初助の高座であり、初助の得意噺になります。
メモ:勝と女房の心温まる夫婦の愛を描いた噺です。40分と少々長めですが、面白くて最後はほっこりする素敵な話だったので、あっという間に感じました!
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『舐める』
story:町で超絶美女とその下女に声をかけられた男。そして誘われた男は女の家に行き最高のもてなしを受ける。そして最高の雰囲気で二人で床につくと…美女のあそこには醜悪な出来物が!そこを舐めろと美女は男に言って…
登場シーン:自分が本当にやりたい方法で笑いをとれなく悔し涙を見せる要に、初助が特別に聞かせてくれた噺です。
メモ:これはstoryの通りオトナなお話なので、子供のいるような寄席や、公共のテレビなどではめったに聞けない噺だそうです…( ´∀` )オトナ
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『品川心中』
story:品川の遊郭で働いていたお染という女性は、移りかえという行事に必要な大金がなくて困っていた。そこでお金がなくて馬鹿にされるくらいなら死んでやろうと思い立つが、1人で死ぬのは嫌なので道ずれに金蔵というお客を選ぶ。ところが心中の真っ最中、先に金蔵を川に落としたお染のもとに金ができたと若い衆がやってきた。そして金蔵を残しお染は帰ってしまい……
登場シーン:初助は一時の恋人?だった香田という男の前で演じました。そして要は初助の死後、同じく香田の前で演じました。
メモ:この演目にはいくつかの落ちがあり、お染めが海女になるパターンを要が、尼さんになるパターンを初助が演じていました。
古今亭志ん朝さんの方(上の動画)が、私の中では要の噺に近いのかなぁと感じました。
そして下の動画、三遊亭圓生さんの方が女性の演じ方が私の中で初助の噺のイメージです(*´ω`)落ちも初助が得意としていた方だと思われます。
☟本編は7:42くらいからです。 要と初助の女(お染)の演じ方を比べてみたい!
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☟10:31くらいからのお染の演技が特におすすめです!めちゃくちゃ女性でした!( ゚Д゚) 初助はどのような思いでこの噺を香田に聞かせたのでしょう……
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さいごに
『座布団』のおすすめポイントのまとめ
・主観的すぎず俯瞰しすぎず。絶妙な線引きが素晴らしい!
・自分の落語を見つける要の成長の物語!
・芸に生き、落語と心中した初助の生き様に鳥肌!
・作中に登場する噺を知るともっと面白い!
今まで私にとってあまり馴染みのなかった落語ですが、この作品を読んでから落語を見てみたり(YouTubeですが)して、落語の面白さをしりました。この芸がもっと長く続いてほしいです。
そしてこの素晴らしい作品を世に届けてくださった剛しいら先生なんですが…実は2018年にご病気でお亡くなりになられています。
先生がお元気なうちにこの作品に出会いたかったなと感じます。
またこの作品、長らく絶版になっていたそうです。そして2011年に白泉社さんが再発行してくださったみたいです。
なにせ文庫で出ていないもんで文庫に比べるとちょっとばかり高いかなぁ(←でも1100円+税)…とも思ったのですが……とんでもない!! むしろ安い。それ以上の価値があるように感じましたぁ…(´;ω;`)
1100円でblと壮大な人間ドラマが楽しめるってコスパ良すぎです…。白泉社さん、再版ありがとうございます。
この『座布団』の続編にあたり初助に焦点を置いた作品の『花扇』もぜひ読んでみたいと思いました!!
そしてblの枠を越える素敵な作品を世に残してくださった剛しいら先生によせて…。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
それでは、えー、お後がよろしいようで…(*- -)(*_ _)ペコリ(←お後はしばらく後ですが(笑))
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